【店長ブログ】 東浩紀にもの申す

東浩紀にもの申す


「時代を斬る 若手対談」ということで、『週刊朝日』1月22日号の東浩紀と宇野常寛という2人の批評家対談を期待して拝読した。正直、肩すかしだった。要約すれば、タイトル通り、ゼロ年代には希望があった、10年代はそれを形にする時代だ、ということになろう。前向きな優等生的発言である。これなら小学生でも言えるか?論評ではなく、軽い対談(仲良しどうしの?)形式であるため、私が求め過ぎなのかも知れないが、批評家ってこういうもの?とつい思ってしまった。そこにはあまり発見や驚きがないからだ。その方面にうとい私も、お名前だけは存じ上げているので、お二人ともきっと今をときめくスターなのだろう。でなければ、わざわざ記事にする内容だろうか。お二人のおっしゃることは、いちいちごもっともだ。要するに、現状を受け入れるしかない、現実的に考えよということだろう。私も飲食店の店長だが、若いアルバイトにこのような(言うまでもない)ことをたまに言う。私自身、親にしょっちゅう言われたことだ。今、批評家に求められるのは、こういうお説教オヤジ的役割なのだろうか。

一つ気になったのは、いわゆる左翼的言説(「自由」とか「平等」を標榜する戦後民主主義もそこに含まれる)を仮想敵(旧弊)と見なし、俺たちが息の根を止めてやると息巻いているように見えることだ。あなたたちがわざわざ手を下さなくても、左翼的言説は(たぶん、右翼的言説も)もう息を引き取っている。いくら槍で勇ましくつついても、死んでいるものは死んでいるのである。それでもトドメをさしたければ、どうぞご勝手にと申し上げるしかないが。




私が東浩紀の名前を耳にしたのは、私たち「ベルク」が駅ビルから立ち退きを迫られ、一時ちょっとした話題になって(世間をお騒がせして)、メディアの取材も相次いだが、そこである記者の方から、下北沢の再開発問題が東さんの「(立ち退き反対は)ノスタルジーに過ぎない」という一言で決定的に色あせたため、その文脈でベルク問題を取り上げるのはかえって不利かもと忠告(と言うか相談)を受けた時である。恐らく、その言葉だけが一人歩きしているのだろうが、私たちは「ノスタルジー」で店をやっている訳ではない、と納得のいかない気持ちになった。

その後、下北沢の運動にほんの少しかかわり、テナントの事情は何ら考慮されないまま、強引に計画が進められようとしているのを知った。それに対して、とりあえず「待った」をかけているだけなのだ。現場って、そんなものだ。私たちも、突然闇雲に「出ていけ」と言われ、「はい」という訳にもいかず、そのままにしておいたら、また「出ていけ」「なぜ?」「出ていけ」「出ていかない」の押し問答である。そんなレベルの闘いなのだ。高尚な理念がある訳ではない。お客様も、うちがなくなると困るから応援して下さるのである。「ノスタルジー」とか「社会的弱者」なんて言葉が入る余地もない。古き良きものを残せとか、弱者を守れとか、私たちにしてみれば尾ひれのように付いてくるスローガンに過ぎない。もちろん、それに助けられることもある。ただ、少なくとも当事者のものではない。

東さんは、その尾ひれに左翼的匂いを嗅ぎとり、噛みついたのではないだろうか。しかし、それは当事者から見れば、しょせん、外野席でのヤジの飛ばしあいでしかない。それでも別に構わないが、私が一番ひっかかったのは、そのことについてホームページでちょこっと触れようとしたら、2人の信頼すべき出版系編集者から、ほぼ同時に、「東浩紀を敵にまわすな」とやんわりストップをかけられたことだ。私の書いたのは、東批判ですらない。東浩紀という人は今、どうやらメディア(の現場のディレクタークラス?)に注目されている人のようなので、もう少し発言に配慮があってもよかったのではないか、という非常に慎ましやかなものだ。私も、繰り返すが、この(言論の)方面にうといため、とりあえず専門家の意見に従おうとその時は表現をぼかした。ただ、ここまでビビって自主規制しなければならないほど、東浩紀というのはおっかない(影響力のある)存在なのかとも思った。

例えば、この対談の中でも、最低限生存を保障するため、納税者番号を導入して所得を正確に把握すべきだという東さんの発想は、思いつきレベルであるにしても興味深い。が、紙面の制約もあろうが、それが「左翼的な言説では監視社会で危険となってしまう」と左翼攻撃に向かって終わるのが惜しい。そちらに主旨があるように見え、せっかくの東理論の可能性がかえってぼやけるのだ(生存保障に関するちゃんとした論文があるなら、読みたいが)。

うかつな発言はひかえろ、などとお説教をするつもりはない。ただ、東さん、左翼的言説はもう死んだのだから(精一杯見積もっても瀕死)、そんなものはほっとけばいいのに。私たち運動にかかわる人間にとって、東さんのような言論の人は、あくまでも傍観者である。それはそれでいい。むしろ傍観に徹してほしい。左翼的な尾ひれもこの際気にしないでもらいたい。そして、東理論を心ゆくまで追求してほしい。


井野朋也

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by bergshinjuku | 2010-01-28 01:49 | 店長ブログ
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