カテゴリ:店長ブログ( 61 )
日本はクレーム社会?クレーマー社会?


昔、ベーコンをかじったら歯が折れたというお客さんがいた。うちのスタッフによれば、あんまり気の毒そうなので治療代を出しそうになったが、お金はその場で渡さず、まず連絡先を伺うというのがうちの鉄則なので、伺うと、いいですと帰った。その後、別のお客からソーセージで歯が折れたというクレームが…。

たまたま知り合いの歯医者さんから、歯の当たり屋が流行っているという話を聞き、やっぱりと思った。まあ相手はプロだから本当に気の毒そうなのだが、治療代を遠回しに請求されても連絡先を伺うとさっと帰って二度と現れない。一度でも払うと詐欺師の間で知れ渡り、次々と狙われるらしい。

歯の当たり屋はもう何年も前の話だが、こういうのって忘れた頃にやって来る。壁の釘に引っ掛かって服が破れたとかね。それは酷い!、ととにかくまず同情する。だけど、内心はかなり慌てる。お金ですむ話ならすませたいとすら思う。向こうが請求するのも、決まって2万とか3万とかその場で払えそうな額なのだ。

まあうちの場合、店のお金は駅ビルに管理されているので、どの道1円でも勝手に動かせないのだが。かといって、ポケットマネーで解決するのはなおさらダメだ。かえって、店に迷惑をかけることになる。

歯の当たり屋が(うちでは失敗したが)成功するのは、どんなに言いがかりに近いクレームでも店の人間はクレームというだけで動揺し、それによって冷静な判断を失うからだ。それが、あちらの狙い目でもある。私もこの仕事は25年になるが、クレームには未だに慣れない。

そのクレームが単なる言いがかりなのか止むに止まれぬ指摘なのか見分けるのは難しい場合があるし、おかしいと思ってもこちらは喧嘩できる立場にないので、ひたすらお話を伺うしかない。ただお金が絡んだら即答せずに連絡先を伺うなどしてワンクッション置く。そこは相手が何と言おうと諦めるまで待つ。

日本はクレーム社会といわれる。公園が禁止だらけでつまらない場所になったのは、クレームに従い過ぎたためともいわれる。クレームをつけられないために自主規制する風潮も強まっている。クレームって、本来つける側も物凄くエネルギーを消耗するが、つけられる側も負けずに消耗するからわからないではない。

しかし、大事なのはクレームに従うことでも聞き流すことでも(回避するために)自主規制することでもなく、そのクレームが正当なものかどうか見極めることだろう。明らかにこちらに落ち度がある場合は、すぐに埋め合わせするしかないが、微妙な場合は答えを急がない。冷静に考え、人に相談する時間を確保する。

ただクレーム社会と言っても、相手が誰だろうと…自分の上司だろうと権力だろうと…真っ当なクレームをつける人がどれだけいるだろうか。詐欺は論外にしても、相手が言い返しにくいのをいいことに憂さ晴らしでクレームをつける人がどれだけ多いことか。それはクレーム社会というより、クレーマー社会というべきだろう。




ベルク店長


[PR]
by bergshinjuku | 2016-05-14 19:28 | 店長ブログ
ベルク通信
今月のベルク通信です。

c0069047_15552942.jpg

[PR]
by bergshinjuku | 2016-05-13 15:56 | 店長ブログ
WINE LIST
今月のワイン・リストです。

c0069047_15404016.jpg

[PR]
by bergshinjuku | 2016-05-13 15:43 | 店長ブログ
BGM
冨田勲さんを偲んで、ただ今ベルクでは冨田さんのシンセサイザーが店中に鳴り響いております。よかったら美味しいコーヒーや生ビールを飲みながらおくつろぎください。


マイケル・ジャクソンが冨田さんの自宅を訪れた時の映像です。
そう言えば、ジョン・レノンは遺作となってしまった『ダブルファンタジー』の次の次のアルバムを冨田さんと共作する予定だったんですよね。

[PR]
by bergshinjuku | 2016-05-13 15:23 | 店長ブログ
War Is Over ! If you Want It
またジョンのウォーイズオーバーのポスターにクレームがあったそうです。しかもうちにでなく、ルミネに。ああいう政治的主張はどうなのかと。ルミネはどんなクレームにも改善策を示すという規則に縛られるから気の毒なんですが、こういう言いがかりに過ぎないクレームにはアホと言い返すだけで十分ですよ!
c0069047_14565613.jpg

[PR]
by bergshinjuku | 2016-05-13 15:03 | 店長ブログ
白熱対談
鯨の名店「樽一」店主佐藤慎太郎さんと「ベルク」副店長迫川尚子、新宿に店を構え、リスペクトするもの同士の「白熱対談」が『商業界』最新号(6月特大号)に6頁にわたって掲載されました。なくならないうちに、ぜひ!
c0069047_21020828.jpg

[PR]
by bergshinjuku | 2016-05-12 21:04 | 店長ブログ
イベント「最賃1500円は可能か?」エキタス×ベルク×福島みずほ 2016.3.20(sun)@ベルクの様子です。
http://togetter.com/li/953501

c0069047_2054065.jpg

[PR]
by bergshinjuku | 2016-05-12 20:55 | 店長ブログ
警察について
うちは警察や保健所や消防署の人たちが皆常連さんなので、ルミネから立ち退きを迫られた時も、色々こっそり助言して下さり、救われた面があります。いや、実はルミネの社員やトップですら、仕事を上がれば個人に戻ってベルクにいらっしゃり、一服されました。それがベルクの正しい使い方とは言え、面白かった。

組織としてはベルクに立ち退きを迫るルミネの社員も、個人に戻ればベルクを利用する。確かに矛盾していますが、その矛盾は健全に思えました。ですから反体制デモやカウンターに威圧的な警察官も、個人に戻れば反体制デモやカウンターに参加すればいいと思うのです。思想や行動を無理やり統一する必要はないのですから。

警察官になるには思想チェックが(三親等まで)あるそうです。でも、反天皇制やマルクス主義の警官がいたっていいと思うんですよね。警官の仕事は仕事として割りきってやれば。その方が、警察という組織にもより深みと幅が生まれるんじゃないか。※ちなみにベルクでは、スタッフの思想とか親族にヤクザや前科者がいるかとか問いません。一生懸命働いてもらえれば、どんな人も大歓迎!

ベルクの上の交番には、ベルクのメニューが貼ってあるそうです。若い警官がよく大量のテイクアウトをして下さいます。出来上がるまで、いつも店の外で待ってらっしゃいます。制服姿の警官が店内にいらっしゃると確かに物々しい感じがしますから、気を使って下さるのでしょう。警察はうちにとってはいいお客様であり、いざとなればすぐ飛んできてくれる頼もしい存在でもあります。そういういい面だけ見ていられたら幸せなんでけどね。

警察には市民を助ける面もあれば、市民に牙を向ける面もあります。助けてもらえれば感謝すればいいし、理不尽な目にあえば異議を唱えるしかない。警察には警察の立場があるのだから(理解しろ、我慢しろ)と言う人がいますが、理解してやる必要も我慢する必要もありません。警察と市民は一心同体じゃないんですから。

c0069047_20243573.jpg

[PR]
by bergshinjuku | 2016-05-12 20:26 | 店長ブログ
ベルクは「ナンパ禁止」です!
「ナンパ禁止」の貼り紙をすると、隣の人に話しかけちゃダメなの?と聞く人が必ずいますが、問題なのは相手が話しかけられてOKかどうかなんですよね。見極めるのが非常に難しい。大抵の場合、気まずい雰囲気になるのが嫌だから話しかけられたくなくても応じてしまう。でも貼り紙があれば多少断りやすくなるでしょ?
そもそも「ナンパ禁止」の貼り紙にはそういう意味がこめられているということもわからない人に、ナンパする資格はありません。人情の機微を心得ていない訳ですから。うちが出会いの場所だったというカップルを何組も知っていますが、それは偶然が重なった結果であって、目的にしてはダメ。そういう店じゃないですから。
という訳で、またこれ店内に貼らせていただきました。

c0069047_19570100.jpg

[PR]
by bergshinjuku | 2016-05-12 19:58 | 店長ブログ
【店長ブログ】 体罰はなぜ認められない?(vol.226 今月のベルク通信より)
体罰はなぜ認められない?

 体罰が社会問題化していますが、少なくとも体罰を教育と結びつけるのはおかしい。いざという時に手をさしのべ、子供の才能を伸ばす手助けをするのが教育(子供主体)であって、こうあるべきという型を決め、そこに子供を押し込めようとするのは調教(教師主体)でしょう。体罰は教育というより調教の一環です。
 私だって、子供はいませんが、ベルクで新人を指導する際、理想の店員というイメージがあります。それに合わせ調教しようとします。ただいくら手とり足とり教えても、それだけで人は育たない。その人なりの考えや発見がなければ。それを見守り、へたに手を出さないのも教育です。体罰はその対極にある。
 実際には教育と調教は渾然一体とならざるを得ませんが、分けて考える必要もあります。
 では、体罰自体はありかなしか。調教と割り切れば、むしろ手っ取り早く効果的な方法なのか?結果さえ良ければ良いのか?
 そうかもしれません。議論を離れ、体験談ならそういう話もありでしょう。大人と子供も、一対一の人間同士ではある。相手が子供でも、つい情けなくてひっぱたいてしまう。それを思いやりと感じる子供もいないとは限りません。
 ただ、そういうのは一つのアクシデントであって、一概に良い悪いとはいえない。ケースバイケースなので。
 しかし、学校のような閉ざされた空間で、無防備な生徒への体罰を「あり」とする空気がもし日常化されたらどうなるか?
今日も痛い目にあうのが嫌で、いうことをきく。怯えているからうまくいかない。結局、痛い目にあう。という悪循環に陥った生徒は追い詰められるばかりで、逃げ場を失います。地獄です。生徒に武装させる?
 学校も家庭も子供にとって閉鎖空間である限り、体罰を認める訳にはいかんのです。

店長

c0069047_11247.jpgこのブログ記事をTwitterでみんなに教える!
[PR]
by bergshinjuku | 2013-02-11 11:09 | 店長ブログ