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【ベルク YouTube】 空隔の街・新宿
空隔の街・新宿



新宿は本にならない

私たちは、新宿駅構内の片隅に
「ベルク」という飲食の店を構えています。
「私たち」というのは、ここに紹介する写真を
撮った迫川尚子が、共同経営者の一人だからです。
ついでに、彼女は私の同居人でもあります。
15年分、新宿駅周辺を中心に撮りためたので、
新宿をテーマに一冊の本を出したい、と
迫川に相談されたとき、私は賛成しませんでした。
かと言って、反対する立場でもなかった。
お金はかかるけど、私のお金ではないですし。

せっかく時間をかけ、撮って焼いたものを、
そのまま眠らせておく手はない。店や路上では
既に展示していましたし、何らかの形で発表することに
私も異論はありませんでした。ただ、
写真集という形式をとるのが、ぴんとこなかった。
単なるメモリアルではなく、世に問う作品にしたい、
と本人の意気込みは強く、協力者にも恵まれ、
私も拙いながら文章を寄せ、名づけ親にもなりました。
結果的に写真集『日計り』(1)の出来栄えは、
想像以上に素晴らしいものだった。が、どうも
「新宿」的ではない気がしたのです。
本にすること自体が。

撮影には、何度か同行しました。
何を考え何に悩んでいたのか覚えていませんが、
じっとしていられなくて、新宿の街を
がむしゃらに歩いた、10代20代の頃の自分に
戻ったような気分でした。
迫川がシャッターを押せば、私も立ち止まり、
煙草をふかす羽目になります。
だから、一人のときとは歩き方が違います。
ただ、何を撮っているのかと相手のことが
気になる訳ではなく、たまに思いもしない方に
カメラが向いていても、それを横目で
「ふうん」と見るくらいでした。
街中、無数に氾濫する情報の、その
一つ一つに、私は私で反応しているのです。
が、そのあまりものとりとめのなさに
呆然となりました。

職場「ベルク」も、
新宿の雑踏の中にあるせいか、
めまぐるしく仕事に追われながら、
やはり呆然となることがあります
(雑踏のせいにしてはいけない?)。
新宿は、四六時中、色々な人が大勢来て、
帰っていきます。今、来たところか、
帰るところか、ただの通りすがりかすらわからない。
それぞれ、様々な目的や成果があるでしょう。
何のあてもない人もいるでしょう。
それらの人たちと、接することもなく
接しているうちに(低価格高回転の店で
なかば流れ作業的な接客です)、だんだん
無方向で無時間な感覚にとらわれます。

「新宿」をテーマにしたと言われる映画をいくつか
見ましたが、どれも違う、と思いました。
新宿はほんの背景に過ぎない、と言うか、そもそも
物語におさまりようがない。本も、映画よりは
頁をめくり直したり、マイペースで読む自由は
ありますが、始まりと終わりがある以上、
どう並べても、何らかの意味と方向性が生れて
生れてしまいます。それが、私には
「新宿」的ではないと思えたのでしょう。

むしろ、明確な方向性がないと、出版社には
持ち込みにくい。迫川が用意した写真は、
本にするには十分過ぎるほどそろっていました。
「犯罪都市」とか「風俗の街」という観点から
興味本位に語られる新宿はあくまでもよそゆきの
新宿であって、もっと日常的な普段着の新宿で
いきたい……確かに、私たちにとって
そこは「いつもの場所」です。
編集を引き受けて下さった写真家の金瀬胖さんも、
その路線でタイトルを考えられていたようです。
それ以外にまとめようもなかった。
ただ、どうやってもしっくりこない。
写真が裏切るのです。

その頃、「くうかく」という言葉があるのを、
ある雑誌(2)で知りました。新宿でビル清掃の仕事を
していた詩人、山本陽子の詩は、既成の辞書では
殆んど解読不能です。ただ、それらを造語と呼ぶのも
ためらわれるのは、作者の見えすいた手口が
感じられないからでしょう。むしろ、言語そのものが
連鎖的に突然変異を起こしている。
「くうかく(空隔)」も、その一つです。対象が
あるようでない、しかし、どこかにそっと触れられている
(実際、手に触れてみたくなる(3))迫川の写真の
ありようと、その言葉の輪郭は似ている、と思いました。

「空隔」をタイトルの候補にしたとき、金瀬さんは、
それまで試行錯誤を繰り返していたダミー本を
全部ばらして、空中に放り投げたそうです。それは
放棄を意味した訳ではありませんでした。ただ、
無方向で無時間の混沌の中へ、一度、自ら
身を投げられたのかも知れません。

(1)…迫川の生まれ故郷、種子島に生息する毒蛇の名前。
   噛まれたら、その日ばかりの命と言われる。
   ただし、実際には無毒。
(2)…『重力02』中島一夫氏のスガ秀実論。
(3)…森山大道氏は、迫川にコメントを求められると、
   何も言わず、写真を撫でたそうだ。

(井野朋也/『自然と人間』2005年3月号グラビアより)


山本陽子さんが清掃員として働いていた
新宿西口の安田生命ビルは、段ボールハウス村と
目と鼻の先。運命を感じました。
(迫川尚子)


◎迫川尚子写真展
『日計り』
空隔の街・新宿

日時:2010年1月16日〔土〕ー2月26日〔金〕11時ー23時
会場:日本外国特派員協会(FCCJ/外国人記者クラブ)
   〒100-0006
千代田区有楽町1-7-1 有楽町電気ビル北館20F
tel:03-3211-3161
入場料:無料


詩/山本陽子
http://www.asahi-net.or.jp/~md5s-kzo/youko.html
写真/迫川尚子
音楽/井野朋也

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by bergshinjuku | 2009-12-26 11:01 | ベルク YouTube
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