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【ベルク YouTube】 迫川尚子PHOTO MOVIE/故郷の海 1992.8 In Island Of Tanegashima
迫川尚子PHOTO MOVIE/故郷の海 1992.8 In Island Of Tanegashima



井野「種子島・沖縄旅行が92年だったんだね」

迫川「93年くらいかと思った」

井野「ベルクを始めてからたったの2年。でも意識はすでに今とあまり違わない気がする」

迫川「その2年で店の土台ができたしね」

井野「ベルク本にも書いたように、駅ビルB1大改装で店を2ヶ月近く閉じた」

迫川「うちはせいぜい壁の塗り替えだけ。お客さんにどこが変わったの?と見回された」

井野「大改装という名のテナント整理だった。あの頃は小泉政権の前で、テナントの営業権は当然守られていた。家主の都合でテナントを整理する(追い出す)には、大改装しかなかった」

迫川「何千万もする改装協力費が払えないと、テナントは出て行くしかないのね。ベルクはその2年前に業態を変え、何とか協力費が払えた。ギリギリセーフだった」

井野「改装中は会長宅に社員全員が毎日集まって、1ヶ月近く会議した。話が尽きなかった。だんだんこわれてきたけど(笑)」

迫川「『おいしいコーヒーをどうぞ』って看板、ベルクの目印でしょ。それをまず作ろうということになって、キャッチコピーが決まらなくて1日悩んだ。さんざん議論したあげく『ズビズバコーヒー』でいこう!と。翌日、ふと冷静になって『ズビズバコーヒー』って、?(笑)。『おいしいコーヒーをどうぞ』にあっさり決まった」

井野「さすがに旅行でもしようということになり、私たちは種子島と沖縄へ。種子島で私は名越さんをスカウトした。迫川のお母さん」

迫川「私の父と母は、私が幼い頃に島を出たのですが、たまに島に帰ります。この時も夏休みということで一緒に島に遊びに行ったんだよね。数日、親戚の家にお世話になって一緒に生活を共にした」

井野「お母さんは面白い人だなとは思っていたけど、天然なのか計算なのかがわからなかった(笑)。でも、あの道化ぶりはことごとくポイントを押さえていて(笑)」

迫川「店長にそう言われて、自分の母親なのにまさかと思った。どうやって見抜いたの?」

井野「よく覚えてないけど、みんなお母さんのドジに笑う。俺も笑った。腹かかえて。あんまり可笑しくて、これは笑わされてるんじゃないかと思った」

迫川「ベルクで一緒に働くようになってから、私もわかったよ。確かにただのドジな人だったら、ベルクの仕事はつとまらない」

井野「つとまらないどころか、重要スタッフじゃん。ベルクのお花は名越さん担当ですが、あの場所の名物になっている」

迫川「店長と名越さんはよく親子に間違われるけど、私から見ても、声のでかいところと大食いなのがそっくり。気が合うよね。その始まりが種子島だったのか」

井野「あそこまで行ったから聞けた話もある。ほとんどが島の苦労話だけど、聞けてよかった。嫁いだその日に、お父さんに2人の弟、6人の姉妹がいるのを知ったんだってね(笑)。だまされた!って、よっぽど逃げ出そうかと思ったらしいよ」

迫川「8人の小姑と小舅か‥そりゃ逃げたくなるかも。ムービーの冒頭に5人の女性の写真が出てきますが、真ん中が名越さん、右端が私、あとのお3人がその小姑のかたたちです!それにしても、種子島の人はよく笑う」

井野「種子島スマイル!ほんと、いい旅だった」

迫川「ムービーには2枚だけ、屋久島の写真も使われています。お隣の屋久島にも行ったんだよね」

井野「あっ、このつり橋を渡る女の子と、滝の前の男の子の写真。いい写真だよね」

迫川「そうなの。親戚の子なの」

井野「考えてみれば、種子島は山がないからつり橋も滝もない。のっぺらとした島。一方で屋久島には九州一の山がある。ドラマチックな島。お隣同士でエライ違い」

迫川「屋久島は昔から観光の名所だった。種子島は鉄砲伝来で有名だけど(今はロケットでも)、あとは何もない島だと思っていた。でも近年、サーフィンの名所だし、食材の宝庫としても注目されてますね。トコブシの味噌漬けが子供時代の私のおやつだった。そしてこの銀色に光る海。私の原点です」



写真 by 迫川尚子
音楽 by 井野朋也

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by bergshinjuku | 2010-06-20 10:03 | ベルク YouTube
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