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ベルク本の中から〜特別掲載〜まえがきです。
まえがき〜日本一の立地にあるインディペンデントな飲食店         
                           

 JR新宿駅東口の改札を出てすぐ左、徒歩十五秒のところに私たちのお店ベル
クはあります。
 有料トイレの横、大勢の人が一目散に歩く連絡通路からやや奥まったところに
あるので、探すと意外と見つけにくい。
 現在、毎日平均して一五〇〇人ほどのお客様が、たった十五坪のきゅうくつな
店内めがけてコーヒーや生ビールを一杯ひっかけに、ホットドッグやおつまみを
楽しみに押しかけます。

 もともと、私の父が一九七〇年にここで「ベルク」という店名で純喫茶を始め
ましたが、新宿駅という大ターミナルでのサバイバル競争が次第に激化し、私の
代で思い切って低価格高回転のファーストフードに業態変更しました。
 うちのような無名の個人店がまわりの大手チェーン店と張り合うには、結局、
飲食店としてのまっとうなサービス(早い、安い、うまい)を極めるしかありま
せんでした。また、大手にはない心づかいや店のポリシーといったものが求めら
れたのです。

 ファーストフードでセルフサービス、しかも安い、となると、どこか殺伐とし
たイメージが思い浮かぶかもしれません。確かに場所柄、たくさんの雑多な人た
ちであふれかえっていますが、「なぜかほっとする」「新宿のエネルギッシュで
アナーキーな雰囲気が漂っている」というお客様の声もよく耳にします。
 業者さんたちからも、これだけ客層の幅広い店はベルクさんだけだ、とよくい
われます。新宿でも、若い女性向けの店、中年の男性向けの店、カップル向けの
店とある程度色分けがあります。ベルクのように年齢や性別や職種や国籍の垣根
を越え、ごった混ぜになっている店は珍しいようです。ベルクは、いわゆる顔な
じみ(店主と常連さん)の店ではありません。有名人ですらここではほどよく紛
れて意外と目立ちません。私どもスタッフも、黒子のようにただ忙しく動き回り
ます。

 そうしたベルク独特の雰囲気は、意図的なものではなく、この場所で地道に商
売を続けるうちに自然と培われてきたものです。私はそれをよくワインの熟成に
例えます。熟成という現象は、まだ科学では解明されていません。作り手たちも
、このワインはこの条件でこのくらい寝かせればこういう味わいになるというの
を経験から学ぶしかありません。神秘的といえば神秘的ですが、原因がわからな
いというより、一つに特定できないのですね。むしろありすぎる。ベルクの雰囲
気を作っている要素も一つではありません。本書ではなるべく具体的に書きます
が、それはまず何より多種多様なお客様であり、店の味であり、演出であり、そ
れらが複雑に溶け合っているのです。

 大手チェーン店のように、メディアを使ってどかんと宣伝するわけにもいかず
、商品、食材、ロゴや内装デザイン、接客やスタッフ教育のノウハウまでワンパ
ックで用意してくれる本部もありません。そもそも、店長である私は自分が飲食
の道に進むとは夢にも思っていませんでした(私がベルクを始めたきっかけにつ
いては3章で触れます)。大都会のまっただ中で、素人同然だった私たちスタッ
フと凄腕の職人たちが、お客様とともに、組織でもない、ワンマンでもない、こ
のメンバーだからこの音になったというロックバンドのような店作りをしてきた
のです。

 飲食店の寿命は、いまや二年から三年といわれています。

 競争に敗れたり、自滅したりして二年から三年しかもたない店も多いでしょう
が、はじめから二年とか三年を前提にした経営方針もあるのです。企業などはと
くに情報にのりやすい話題やイメージで一気に売って元をとり、飽きられたらさ
っさと見切りをつけます。法律や制度自体が、短期決戦型の企業戦略に合わせて
作り変えられようとしています。
 とくに大都市近郊は「再開発」の名のもとに、誰でも知っている大手チェーン
店や有名シェフのプロデュースをうたったお店で埋めつくされようとしています
。ベルクのように二〇年近く営業を続ける長期熟成型の個人店は、ますます珍し
くなっているのですね。

 もちろん、個人店というだけで、店の価値が決まるわけではありません。駅前
という立地の良さにあぐらをかき、惰性で商売を続けるお店よりは、企業系列の
お店の方が平均点以上のクオリティーが保たれ、無難で安心です。ただ個人店の
存在価値が試される機会すら奪われているとしたら、やはり問題でしょう。それ
については5章で述べます。

 「個人店」という言葉から、趣味のこだわりカフェ経営みたいなイメージを持
たれる方もいるかもしれません。しかし私たちはむしろ趣味に走らないよう常に
自分たちを戒めてきました。それもお読みいただければ、どういうことかおわか
りいただけると思います。
 本書ではベルクが日々心がけていることやこれまで試行錯誤してきたことをひ
と通り書いたつもりです。ベルクは、純粋に利益追求とはいいきれない個人経営
ならではの非効率さやこだわりもブレンドされ、まさに長期熟成してきたお店で
す。もちろん、日本でも有数の高家賃ゆえ、儲けもちゃんと出さなくてはいけな
い。

 また、個人店が、フランチャイズのチェーン店と違うのは「商売」の楽しさも
難しさも丸ごと味わえてしまうことです。もちろん、同じくらいに苦労もたくさ
んあります。それを自分たちの経験を通じて伝えられたらいいなと思います。
 そして、ベルクという大衆飲食店は、生産者と消費者をつなぐ、外食産業の最
前線でもあります。日本人をとりまく「食」の問題を、ベルクという現場から考
えることもたくさんありました。

 飲食に限らず、個人で独立してお店をやろうと考えている人、すでに個人店を
経営している方、またそれ以外でも何かを始めようとしてる方や仕事でお悩みの
方が本書を読み、何か励みになったり手がかりをつかんだりしていただければ幸
いです。
 ベルクというお店は個人店、飲食業、また仕事や人生を考える上で、一つの興
味深いサンプルになると思うのです。

 なーんて、おおげさかもしれませんが、私自身がベルクという不思議な魅力に
とりつかれ、一体これって何なのだろうと問い続ける毎日なのです。

ベルク本の中から〜特別掲載〜まえがきです。_c0069047_0223028.jpg

新宿駅最後の小さなお店ベルク 井野朋也 著(ベルク店長)
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by bergshinjuku | 2008-07-07 00:39
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